『ドゥルルルルウウゥ!』 その醜悪な姿に似合う淀んだ咆哮を上げながら、 笛吹き男の召喚した合成獣・ブレーメンが スノウホワイトらに向かって突進してきた。 ドシィッ!と、肉と肉が激しくぶつかり合う音がした。 大地の上位精霊・ベヒーモスはその強靭な両脚を 目一杯踏ん張りながら、体を張ってその突進を 食い止めていた。 「きさん・・・なんばしよっとかぁ!」 精霊界随一を誇る剛力の持ち主も、 長く激しい戦いによって その疲労は困憊を極めており、 大地を掴んだその両脚が 次第にジリジリと後退していくのが見て取れた。 スノウホワイトは肩で息をしながら、 杓杖に寄りかかるようにして戦局を見守っていた。 長丁場により精霊力を消費した ベヒーモス&リヴァイアサン。 傷つき大地に伏したサスケ。 そして何より彼女自身の精神力がもはや限界を 超えようとしていた。
「お師匠さん・・・」 とたん、足元から絞り出すような声がして、 スノウはハッと我に返った。 「オレの・・・『真の名』を言ってくれ」 力強い視線で見上げるサスケ。 だがスノウの顔には躊躇いの表情が浮かんでいた。 『真の名』を呼ぶ事は、彼の『真の封印』を解き放つ事。 現在のこの窮地を脱する為に、もしかしたら世界にとって最悪の存在を 復活させてしまうという危険を冒すことになるのかも知れない。 先の魔法大戦においては闇の軍勢として戦った、天に仇なす東方の大妖怪。それこそが彼の真の姿だからだ。
時間にしたらほんの数瞬。だが無限に等しい感覚の中で、彼女は遂に決意を固めた。 「貴方を信じるわ」 その言葉にニヤッと笑みで応えるサスケ。その笑顔の意味は、果たして。 「その封印を今解かん!我が呼びかけに応えよ、汝・・・・」 一瞬だけためらうように間を置いてから、やがて力強く彼女は叫んだ。 「汝、斉天大聖!!」
次の瞬間、スノウは爆発的なエネルギーが一点に集約していくような力強い波動を感じ、 思わず杓杖から手を離して尻餅をついてしまった。 ベヒーモスに加勢しようとしていたリヴァイアサンも、さっきまで横で地に伏せていたサスケが 今や全く別の存在になっているのを感じていた。 「猿、アンタ・・・」 「猿じゃねぇよ」 若干だけ不機嫌そうにサスケ、いや斉天大聖は言った。 「ブタ、どいてろ」 「なん・・・!?」 その言葉に思わずバランスを崩したベヒーモスを跳ね飛ばし、魔獣ブレーメンが勢い良く突進して来た。 だが斉天大聖は少しも慌てずに右手をクルッと回転させると、 いつのまにやら手にしていた如意金箍棒をためらいもせずにブレーメンめがけて振り下ろした。 ドガッ。鈍い音がするや否や、ブレーメンの巨体は大地に叩き伏せられ、そのままピクリとも動かなくなってしまった。 かくして、あっけなく勝負はついた。あまりにも強大な力によって。 精霊力を消費し過ぎたベヒーモスとリヴァイアサンは、一旦精霊界に帰ることとなった。 だが、大きな問題は残った。それは封印を解かれた大妖怪・斉天大聖の存在であった。 「今までありがとう、貴方達」 仮の姿であるトリオ・ザ・ボアーとセイレーンに戻った彼らに微笑を投げかけた後、スノウは斉天大聖の方に向き直った。 「それで、貴方はどうするのかしら?」 斉天大聖はアゴを上げ、横目でスノウの方を見下ろすように眺めた後、視線を逸らしながらボソッと呟いた。 「ま、オレがいてやんねぇとな」 「え?」 スノウが問い直すよりも前に、今度は真っ直ぐ彼女の方に向き直り、ニィッと悪戯っぽい笑みを浮べながら彼は言った。 「結局さ、お師匠さんはオレがいねぇとダメなんだろ?」 普段と変わらぬ子供のようなその言葉を受け、思わずスノウの顔に笑みが浮かんだ。 セイレーンも、ちょっとだけ安心したような表情で斉天大聖に話しかけた。 「猿、頼りないけどアンタに任せたよ」 「だから、猿じゃねぇって言ってんだろ、こン河童女!」 変わらぬセイレーンとのやり取りに、スノウはトリオ・ザ・ボアーと顔を見合わせ、やれやれ言ったようにと肩をすくめた。
「さぁ〜て、冒険の続きと行こうぜ、お師匠さん!」 「それはわかるけど・・・さっさと下ろしなさい、サスケ!」 「サスケじゃねぇよ、斉天大聖だ! 」 「下ろしなさい!下ろして!恥ずかしいじゃない!!」 「ん、まぁ、孫行者とか呼んでくれても良いぜ?」 「聞いちゃいないったら・・・」 嫌がるスノウを両手で抱き上げたまま、西の都へと大股で歩を進める斉天大聖。 どうやらこの二人の旅は、まだまだ続くようだった。