『なんにもない』そう表現されがちな田舎町カンザスシティ。
小麦とトウモロコシ畑に囲まれたこの土地で、唯一の名物と言われるのが大衆酒場『赤い靴亭』である。
街の外れにあるこの酒場の特徴は、教会と隣接している
────正確に言うと教会の半分を酒場に改築してしまった────
その罰当たりな立地条件と、酒場の経営者にして修道士という
更に罰当たりな女主人・カーレンの気風の良さによる所が大きかった。
まだ陽が高いというのに、赤ら顔の客で賑わう店内。
大勢の客に囲まれたテーブルで、ヒゲ面の巨漢が呻き声と共にテーブルへと突っ伏した。
その手から滑り落ち、テーブルから転げ落ちる寸前のジョッキを、
対面のカーレンはヒョイと伸ばした爪先ですくい上げた。
「オレに飲み比べを挑むなンざ、一万年と二千年早いってもンだ」
そう言ってニヤリと笑うカーレンに対し、酒臭い大声援が巻き起こった。
「さすがはカーレンの姉御!悪魔のような飲みっぷりだぜ!ハレルヤ!!」
「おめぇさんには酒の神でもケツまくって逃げ出すな!アーメン!!」
大司教が聞いたら卒倒しそうな声援に包まれ、満面の笑みを浮かべる法衣姿のカーレン。
「さぁ、お次はどいつの番・・・・」
言いかけてカーレンは、店の入り口に立っている人影に気が付いた。
急に様子の変わったカーレンに気付いた客達の視線も、一斉に入り口の方へと向けられた。
そこに立っていたのは、旅姿の一人の少女。西の都から帰ってきたドロシーだった。
母親として、また格闘家の師匠として、女手一つでドロシーを育て上げ、長年一緒に暮らしてきたカーレン。
酒場に立ち寄る旅人達の冒険譚に胸躍らせ、広い世界を目指して家出同然で
故郷を飛び出したドロシーにとって、久しぶりの帰郷であった。
懐かしいカーレンの顔。だが言葉が出てこない。何と言って良いのかもわからない。
だが、そんなドロシーの様子を気にするふうでもなく、カーレンは笑顔でこう言った。
「おかえり、放蕩娘」
まるで買い物帰りの娘に接するかのような全くの自然体。
途端、色んな感情が込み上げてきた彼女は、思わす溢れ出てくる涙をグッと堪えて答えた。
「押忍!ただいまッス!!」
笑顔でドロシーを迎え入れる懐かしい面々。
大勢の暖かい笑顔に囲まれながらも、時折真剣な眼差しを見せるドロシーの様子を
ボンヤリ見つめていたカーレンは、呟いた。
「どうやら、シチューの味が恋しくなったわけじゃなさそうだね」
自らの原点に立ち返るべく、師母であるカーレンの元へと修行のために帰ってきたドロシー。
カーレンは我が子の成長した姿に嬉しさを感じつつも、この先ドロシーに待ち受けるであろう運命を憂い、
強めの酒が入ったグラスをグッとあおるのだった。