エメラルドシティを背にしてワンダーランドも通り抜けた遥か先。
ほどなく東の国に差し掛かるかという辺りの山々は今だ魔法大戦の爪跡が色濃く残っており、
険しく切り立った断崖と大きく削り取られた岩肌が、旅人達の心に暗い影を落としていた。
獣さえも容易に踏み入れぬような険しい山中。
その奥深くにある大きな滝の中で、一人身を打たれる女性の姿。東の魔女と異名を取る剣豪・かぐやであった。
轟々と激しい水音が鳴り響く中、まるでその水圧と轟音を全く感じていないかの如く、
かぐやは固く瞼と唇を閉ざしたまま、精神統一に没頭していた。
自分の未熟さが招いた騒動。真っ直ぐな瞳のドロシーに行った仕打ち。
解き放ってしまった禍々しい何か。まんまと操られた心の隙。抗えぬ我が身に残った無念。恥・・・・。
『剣の道も人の道も』
ふと、彼女の脳裏に師匠の言葉が浮かんできた。
『何度も何度も迷って惑って、それでも前へ前へと進むものでござるよ』
いつも笑顔を絶やさず、ふわふわと雲のように掴み所の無い御方だった。
「師匠、貴方ならばこんな時どうなさる」
滝から出て大きく息を吐いた後、かぐやは身なりを整えながらそう呟いた。
何かが心に引っかかっていた。何か大事な事を忘れていて、
それが思い出せそうで思い出せない。そんな感覚だった。
ぞくり。不意に首筋のあたりに悪寒が走り、かぐやは慌てて足元の刀へと手を伸ばした。
「遂に見つけたぜ」
転がるようにして抜刀し、身構えた彼女の視線の先にいたのは一人の青年。
だが、それが人とは違う全く別の何かであると、
精神修行によって研ぎ澄まされた彼女の全神経が彼女自身の肉体に警鐘を鳴らし続けていた。
なんだろう―――彼女は思った―――この感じ、ずっと昔に知っている気がする。
「御主、何者?」
「あ?」
絞り出すようなかぐやの声に顔を歪ませた青年は、明らかに不服そうな表情で答えた。
「オイオイ、忘れちまったんじゃねぇだろうな?」
途端、青年の体から一気に炎のような闘気が噴出し、
かぐやは気圧されつつも刀を握り締め、切っ先を向けながらそれを堪えた。
背筋に冷たい物が走る・・・・。
「思い出させてやるよ。このオレ、斉天大聖の事をな」
遂に相まみえた東の魔女と東方の大妖怪。その運命や如何に。